白金高輪歴史探訪

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白金城を探せ!

第三回白金高輪歴史探訪は「白金城を探せ!」の巻

 お城と言えば老若男女が胸を熱くする!という訳ではないかもしれませんが、我が町、白金の地名にも由来する「白金城」と言われる城跡遺構が存在することを皆さんご存知でしょうか?
しかも、山の手線内側で遺構が残るのは、あの「江戸城」とこれから探訪する「白金城」の2つだそうです。
注)上の写真は白金城のイメージ図(笑

高輪地区(三田四丁目、五丁目、高輪、白金、白金台)には広い緑地が多数ありますが、それらは旧来、豪族や名家の屋敷があった場所や、皇室の御用邸として使用されてきた場所が多いそうです。

なかでも特に広い「国立科学博物館附属自然教育園」は、江戸時代に高松藩松平家の下屋敷であった場所が、明治時代に陸海軍の火薬庫として使用されました。大正時代には皇室所有となり白金御料地として使用され、昭和24 年(1949 年)に全域が天然記念物及び史跡に指定されています。


● 自然教育園は自然がいっぱい!

この自然教育園こそが、白金城の遺構を残す場所なのです!!
時代は遡ること、室町時代・・・!!
プラたか.net取材班のお城好き達は胸を熱くして、第三回歴史探訪スタートです!!

と意気込んだその日、2018年1月23日、降雪により出鼻を挫かれる取材班。

 日を改めて!2018年2月1日、再び降雪の予報・・・。
 これは、取材に初参加のW氏のせいではなかろうか・・・。
 もう日を改めない、決行します!!(写真が少し暗いのはそういう理由です 笑)


● まだ雪が残っています。(2月1日)

 自然教育園は入園料で大人310円必要です。自然保護のため、入園者数は同時に300人と定めているようです。混雑時はディ○ニーラ○ドのように入場規制されるのでしょうか。
 
入口に自然教育園の案内図がありました。


● 写真案内地図

 自然教育園の全体地図です。むぐぐ、思っていたよりも広い。


● 土塁の全体が分かるように魚眼レンズで撮影

 冬でも木々が生い茂っていますね。次第に車の音も聞こえなくなり、鳥のさえずりがだけが聞こえてきます。都心とは思えませんね。

探訪して程なく案内版がありました。この土盛りが「土塁」という外敵や野火を防ぐために設けられた白金城館の遺構だそうです。
 水脈もあり、下流を塞き止めると地図で記されている館の上方が池になるそうです。館の後ろは崖になるので、守りは鉄壁ですね。

 白金城館の遺構は土塁のみで、石垣のようなものはありません。
 しかし、木々を見ると、土塁付近の樹木が太く背丈があるのに対し、白金城館跡地は背丈こそあるものの、そこまで木々は太くありません。

 面影はありませんが、きっとここには立派なお屋敷があったのでしょう。

 木々は生い茂っているので、分かりにくいのですが、白金城館は少し高い位置に建っていたようです。


● 下から見た風景

 伝承によると、室町時代に南朝に仕えた柳下上総介という銀を多く所有していた豪族がこの地に城館を構えたそうです。
当時、銀のことを白金と呼んでいたため、柳下上総介は「白金長者」と呼ばれるようになり、彼の城館を「白金城」「白金長者屋敷」等と呼ばれたそうです。
 それがそのまま地名に由来するそうですが、柳下上総之介やこの城館についての史料はなく、詳しいことは不明とのことです。


● 池に氷がはっています(2月1日撮影)

 身近な場所に、このような自然が残っていることも嬉しいですが、その自然の中に、戦国浪漫から現代までの物語が積もっていると思うと、一層愛着が湧きますね。

 では最後に一句。
しろかねの れきしをはせる やかたあと


● とても都心とは思えません

●国立科学博物館附属自然教育園
http://www.ins.kahaku.go.jp/

 ‐エピローグ‐
 身体の冷え切った取材班のSSとYNMは、白金北里通り商店会に移転した「白金本気だんご」のカレーを食べに行きました。
 魚沼産コシヒカリの玄米にかかる特製カレーに秋田比内地鳥の肉団子!
デザートの玄米団子も旨し!!

夜はバーをやっているそうです。昨日、赤○仁が来たそうな・・・。

●白金本気だんご/ルナジェナ BAR
港区白金6-1-4-2F
電話:03-3441-8355